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ジプシー・ジョーとネクロブッチャー。

日本とも縁の深い往年の名レスラー、ジプシー・ジョーが亡くなった。年齢的にギリギリだったはずなのに、個人的にも国際プロレス時代のジョーは全日本転出後よりも印象が強い。以前にも書いたが、金網の中で睨みを効かせるジョーの流血姿は、さながら昔話に登場する赤鬼のようだった。実際に会場で試合を観たのはW★ING参戦時代で、ミスター・ポーゴ戦を観戦中に目の前に飛んできたイスの底を、こっそり持ち帰ったこともある(今も実家に保管してあるはず)。

海外からの依頼で、ジョーのTシャツは過去に2種類デザインさせて頂いた。

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↑右側の「MORE STIFF」(もっと強く打て)は、米国ダイハードデザインズにて現在販売中。

2009年にジョーのトリビュート大会を企画したのはマッドマン・ポンド選手で、Tシャツのデザインも彼からの依頼だった。後日、ジョーから人づてにメッセージを頂戴したのだが、そこには「死ぬまでにもう一度日本へ行きたい」といったことが書かれていた。翌年2010年にTAJIRI選手がジョーを招聘、老雄の夢を実現させたことは本当に素敵な出来事だったと今も思う(日本での最後のファイトとなったTAJIRI戦のリポートはこちら)。

大日本プロレス15周年記念大会が行われた2010年5月の横浜文体で、メインエベントの金網デスマッチを観ながら俺はネクロブッチャーさんに尋ねた。「日本でケージマッチの名手といえば、誰だか知ってる?」。彼は即答した。「勿論知っているよ。ラッシャー・キムラとジプシー・ジョーさ!」。

ファイトスタイルから察せられる通り、ネクロさんはジプシー・ジョーを心から尊敬していた。イスや鉄柱を真正面から頭で受けたり、鈍い音が響く程の頭突きやパンチをブチ込んだり、そしてそれを返されれば堂々と受けて立ったり…それらはジョーから受け継がれたブロウラー(喧嘩屋)のプライドだった。

そんなネクロさんは、自身の誕生日にジョーとのシングルマッチをプロモーターへリクエストしたことがある。ネクロさんによれば、その試合は「オールド・アメリカンスタイル」で行われた。ジョーの全ての攻撃は「とにかくカタかった」という。フィニッシュとなったジョーの得意技、トップロープからのニードロップは、ネクロさんにとって最高の誕生プレゼントになった。まるで昨日のことのようにイキイキと、そしてニコニコとビール片手に試合を語るネクロさんの表情が今も忘れられない。

ジョーの死去とネクロさんの引退が、同じ月の出来事になったのは、これは何かの偶然なのだろうか。希代の喧嘩屋たちに、乾杯。


[Tシャツ][イラスト、デザイン][プロレス、格闘技]
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