復興チャリティープロレス その1。
もう10年ほど前になるだろうか…ロフトプラスワン(新宿歌舞伎町)で開催されたプロレスビデオ上映会で「雇われ司会者」を務めた俺は、ゲストとして来場したCMAプロレスリング所属のケン・片谷さんと初対面した。
185センチ102キロの巨体はインディーズの平均値を超えたド迫力だが、丁寧な言葉使いと朗らかな人柄は一般に思われるレスラー像とはかけ離れたもので、片谷さんについてはトークのウケはともかく個人的に好印象を抱いていた。養護学校で教職に就いていた経験があるとご本人から聞いて、なるほどと納得したことを憶えている。
それから数年後、瀧川鯉之助さん(現在の春風亭傳枝師匠)の独演会で、客席から頭ひとつ飛び出している片谷さんを発見した。共通の友人がいたことに互いに驚き、その後の打ち上げでは大量のビールで再会を祝った(片谷さんも傳枝さんもムチャクチャ飲むんだよなあ)。
以来、傳枝師匠も交えて国内外での旅行をご一緒したり、プロレス興行にあらゆる形でご協力したりと、片谷さんとは親しい交流が続いている。
そんな片谷さんが、予てからボランティアで訪れていた東日本大震災の被災地、宮城県名取市の仮設住宅地でプロレス大会を開催するという。「お手伝いをお願い出来ませんか」と直々に頼まれては断る理由がない。僭越ながら、この時代にこの国に生まれて、僅かでもプロレスに関わった者の使命だと受け取り、激しい乗り物酔いを薬で何とかすることを決意して、ツアーに同行させて頂くこととなった。
大会は11月13日午後1時開始。自動車での現地入りということで、前日12日の午後9時に新宿を出発。10人乗りのワンボックスカーに9人を詰め込み(内3名は体重100キロオーバー)、遥か名取市までの長旅が始まった。

↑真夜中のサービスエリアで、早くもグッタリしている片谷さん(団体エース兼運転手)。ほぼひとりで大会運営をまとめている為、頭の中では懸念材料ばかりが飛び交っていた模様。車中での仮眠時間は一睡も出来なかったという(まあ、俺も眠れなかったけど、それは単に神経質なだけで)。

↑午前7時頃、会場近くの「ゆりあげ朝市」に到着。イオンモールの駐車場に多くの屋台が並び、食材や日用品を求める人々で早くからごった返していた。我々一行の目的は、半日後に迫った大会の告知。亜利弥'選手が手にしているフライヤーは、片谷さんお手製の力作。こうして見ると…レスラーってやっぱりヘンな人たちだよなあ(一応褒め言葉)。

↑朝市で覆面レスラーがビラ配り。何とも奇妙な光景ではあるが、道行く人たちの反応は概ね良好で、用意した2種類300枚がアッという間…は大袈裟かな、アッアアッという間くらいで見事捌けてしまった。早くもサインや記念撮影を求める人々もいて、「何だかんだいって、プロレスの存在感は根強いなあ」と実感。

↑「そこの柱にビラ貼っていいよ!」と声を掛けてくれる優しい店主さんも。海産物を中心とした食材は、どれも新鮮且つお買い得価格。タラを2匹購入した片谷さんは、オマケにイカやカツオまで頂戴して、大きな発泡スチロール箱を抱えての珍妙な会場入りとなった。

↑記録係として参加した俺が写る、数少ない写真のひとつ。こちらのカキは1個100円。プリプリ感と天然の塩味が堪らない逸品である。本来お持ち帰り用の商品を「ここで開けられます?」とファストフード風にしてしまったのは片谷さん。この強引さ、流石はレスラーといえよう。

↑午前8時頃、試合会場となる名取市箱塚桜団地(仮設住宅地)に到着。住民の皆さん、現地スタッフの皆さんに優しく出迎えて頂いた。自治会長である大脇さんの握手は両手を交互に差し出す一種独特なもので、レスラーたちによって「名取式クロスアーム・シェイクハンド」とそれらしく命名された。

↑約100世帯が居住する、プレハブ建築の仮設住宅。海岸近くの住宅街が津波により消滅した為、多くの人々がこちらに移り住むこととなった。「ちびっこひろば」とあるように、幼い子供たちの姿もそこかしこに。「車ははいれませんよ」の最後の「よ」に、何ともいえぬ優しさと心遣いが感じられる。こういったセンスは個人的に大好きだ。

↑ベビーフェイス(善玉)もヒール(悪役)も、男性も女性も一緒になって、早速のリング設営。何しろ人手が足りないので、レスラー総動員での作業である。頭から突っ込むと流血することで知られるこちらの鉄柱、一般人の力では3人がかりでやっと運べるくらいの重量がある。作業を眺めながら「こんな高い所から飛ぶんだねえ」と驚いているご婦人がいたが、プロレスを見慣れている俺でも同じことを思うのだから無理もない。

↑敷地の都合上やむを得ないことだが、設営場所がアスファルトと砂利の地面にまたがる為、リングの骨組みが斜めに傾いてしまう。段差は予想以上に大きく、鉄柱の下に敷く調整用の板がどうしても足りない。そこで住民の方々が、何処からか木の板や鉄板を探してきてくれた。リングの重量に耐えられそうな素材を選んで、何とか平行なリングを作り上げることに成功。思わぬトラブルではあったが、偶然にも地元の皆さんとの共同作業となり、リングがより神聖な舞台になったのは苦難から生じた大きな幸いであった。

↑というわけで、このように立派なリングが完成。地元の大工さんから寄贈されたという木製ベンチも並べられて、後は大会開始を待つばかり。プロレスラーの怪力と手際の良さ、そしてチームワークをしっかり思い知らされた本番前のひと時だった。
会場設営を終えた我々は、自治会長さんのご案内で被災地の見学へ。自分なりに心構えはしていたはずだが、いざ現地に入ると茫然とするばかりで、まるで言葉が出てこない。その模様は、次回のエントリーで…。
「その2」へ続く。
[プロレス、格闘技][イベント]
185センチ102キロの巨体はインディーズの平均値を超えたド迫力だが、丁寧な言葉使いと朗らかな人柄は一般に思われるレスラー像とはかけ離れたもので、片谷さんについてはトークのウケはともかく個人的に好印象を抱いていた。養護学校で教職に就いていた経験があるとご本人から聞いて、なるほどと納得したことを憶えている。
それから数年後、瀧川鯉之助さん(現在の春風亭傳枝師匠)の独演会で、客席から頭ひとつ飛び出している片谷さんを発見した。共通の友人がいたことに互いに驚き、その後の打ち上げでは大量のビールで再会を祝った(片谷さんも傳枝さんもムチャクチャ飲むんだよなあ)。
以来、傳枝師匠も交えて国内外での旅行をご一緒したり、プロレス興行にあらゆる形でご協力したりと、片谷さんとは親しい交流が続いている。
そんな片谷さんが、予てからボランティアで訪れていた東日本大震災の被災地、宮城県名取市の仮設住宅地でプロレス大会を開催するという。「お手伝いをお願い出来ませんか」と直々に頼まれては断る理由がない。僭越ながら、この時代にこの国に生まれて、僅かでもプロレスに関わった者の使命だと受け取り、激しい乗り物酔いを薬で何とかすることを決意して、ツアーに同行させて頂くこととなった。
大会は11月13日午後1時開始。自動車での現地入りということで、前日12日の午後9時に新宿を出発。10人乗りのワンボックスカーに9人を詰め込み(内3名は体重100キロオーバー)、遥か名取市までの長旅が始まった。

↑真夜中のサービスエリアで、早くもグッタリしている片谷さん(団体エース兼運転手)。ほぼひとりで大会運営をまとめている為、頭の中では懸念材料ばかりが飛び交っていた模様。車中での仮眠時間は一睡も出来なかったという(まあ、俺も眠れなかったけど、それは単に神経質なだけで)。

↑午前7時頃、会場近くの「ゆりあげ朝市」に到着。イオンモールの駐車場に多くの屋台が並び、食材や日用品を求める人々で早くからごった返していた。我々一行の目的は、半日後に迫った大会の告知。亜利弥'選手が手にしているフライヤーは、片谷さんお手製の力作。こうして見ると…レスラーってやっぱりヘンな人たちだよなあ(一応褒め言葉)。

↑朝市で覆面レスラーがビラ配り。何とも奇妙な光景ではあるが、道行く人たちの反応は概ね良好で、用意した2種類300枚がアッという間…は大袈裟かな、アッアアッという間くらいで見事捌けてしまった。早くもサインや記念撮影を求める人々もいて、「何だかんだいって、プロレスの存在感は根強いなあ」と実感。

↑「そこの柱にビラ貼っていいよ!」と声を掛けてくれる優しい店主さんも。海産物を中心とした食材は、どれも新鮮且つお買い得価格。タラを2匹購入した片谷さんは、オマケにイカやカツオまで頂戴して、大きな発泡スチロール箱を抱えての珍妙な会場入りとなった。

↑記録係として参加した俺が写る、数少ない写真のひとつ。こちらのカキは1個100円。プリプリ感と天然の塩味が堪らない逸品である。本来お持ち帰り用の商品を「ここで開けられます?」とファストフード風にしてしまったのは片谷さん。この強引さ、流石はレスラーといえよう。

↑午前8時頃、試合会場となる名取市箱塚桜団地(仮設住宅地)に到着。住民の皆さん、現地スタッフの皆さんに優しく出迎えて頂いた。自治会長である大脇さんの握手は両手を交互に差し出す一種独特なもので、レスラーたちによって「名取式クロスアーム・シェイクハンド」とそれらしく命名された。

↑約100世帯が居住する、プレハブ建築の仮設住宅。海岸近くの住宅街が津波により消滅した為、多くの人々がこちらに移り住むこととなった。「ちびっこひろば」とあるように、幼い子供たちの姿もそこかしこに。「車ははいれませんよ」の最後の「よ」に、何ともいえぬ優しさと心遣いが感じられる。こういったセンスは個人的に大好きだ。

↑ベビーフェイス(善玉)もヒール(悪役)も、男性も女性も一緒になって、早速のリング設営。何しろ人手が足りないので、レスラー総動員での作業である。頭から突っ込むと流血することで知られるこちらの鉄柱、一般人の力では3人がかりでやっと運べるくらいの重量がある。作業を眺めながら「こんな高い所から飛ぶんだねえ」と驚いているご婦人がいたが、プロレスを見慣れている俺でも同じことを思うのだから無理もない。

↑敷地の都合上やむを得ないことだが、設営場所がアスファルトと砂利の地面にまたがる為、リングの骨組みが斜めに傾いてしまう。段差は予想以上に大きく、鉄柱の下に敷く調整用の板がどうしても足りない。そこで住民の方々が、何処からか木の板や鉄板を探してきてくれた。リングの重量に耐えられそうな素材を選んで、何とか平行なリングを作り上げることに成功。思わぬトラブルではあったが、偶然にも地元の皆さんとの共同作業となり、リングがより神聖な舞台になったのは苦難から生じた大きな幸いであった。

↑というわけで、このように立派なリングが完成。地元の大工さんから寄贈されたという木製ベンチも並べられて、後は大会開始を待つばかり。プロレスラーの怪力と手際の良さ、そしてチームワークをしっかり思い知らされた本番前のひと時だった。
会場設営を終えた我々は、自治会長さんのご案内で被災地の見学へ。自分なりに心構えはしていたはずだが、いざ現地に入ると茫然とするばかりで、まるで言葉が出てこない。その模様は、次回のエントリーで…。
「その2」へ続く。
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