「自虐の詩」。

「泣ける」という声を度々聞いたので、思わず購入してしまった「自虐の詩」(古本だけど)。仕事の合間に読む格好なので読了まで随分時間が掛かったが、結論からいうと最後の畳み込みは評判通り。4コマでこの表現は80年代後半でも画期的だっただろうし、独特のテンポにストーリーが見事に乗って引き込まれるものがある。とはいえ「何処から泣けるんだ?」という興味で読み進めてはいけない。展開がドラマ性を帯びてくるのは、下巻の途中からである。作品を手に取る切っ掛けにはなれど、先入観とは何かにつけ痛し痒しといえる。連載当時に週刻みで読みたかったな、コレは(「週刊宝石」を定期購読する中高生がいるかっつー話だが)。

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主人公である幸江の日の丸弁当を見かねた同級生たちが、彼女へおかずを少しづつ分け与えた結果、立派な弁当になって自然と拍手が起こるというエピソードがあったが、これとほぼ同じ現象が自分の中学時代にもあったことを憶えている。幸江同様に父子家庭のK君が持ってくる弁当が寂しげだったので、いつの頃からか同じ班の我々は彼へおかずを分けるようになっていた。母にそのことを話したらK君の為に一品増やしてくれるようになり、周りの子たちも同様に親の協力を得たから、彼の弁当は毎日妙に豪華になった。それはK君が転校するまで続いたが、あれから30年を経た今、彼はどのような暮らしをしているのだろうか。なけなしの小遣いで変形学生服を買った彼に「そんなモン着て喜んでるのは田舎者だけだぞ。誰かに売ってしまって、俺たちと遊ぼう」とアドバイス(?)をしたら、翌日から標準の制服で登校するようになったこともあった。そんなK君が、今になって妙に懐かしい。

当然地域性もあるだろうが、「自虐の詩」みたいな風景って、俺たちの頃はギリギリ日常にあったんだよね。


[日常]
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大森隆男選手のTシャツをデザインさせて頂きました。

製造及び販売のチームフルスイングさんから告知がありましたので、こちらでもご紹介させて頂きますが、"WILD HEART" 大森隆男選手のTシャツをデザインさせて頂きました。

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↑商品名は「大森隆男リングインTシャツ」とのこと。選手のお人柄を意識して、ワイルドながら落ち着きのある雰囲気を表現しております。

数年前、さる方にお招き頂いた宴席でご一緒させて頂いたこともある大森選手ですが、噂以上に理性的且つ理知的な方で、大変楽しくお話しさせて頂いたことを憶えております。

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↑その際ご一緒させて頂いた写真を見ると…まあ、サイズといい迫力といい、同じ生き物とはとても思えませんな。

こちらの商品は、全日本プロレス「サマーアクションシリーズ」開幕戦7・8後楽園大会から販売されるとのことですので、ひとつよろしくお願い申し上げます。いやあ、全日本か…懐かしのジャイアントサービスTシャツに一歩近付いたかな。ジャイアント馬場のサイン入り…のドリー・ファンク・ジュニアTシャツ!


[Tシャツ][イラスト、デザイン][プロレス、格闘技]

杉本圭三郎先生。

法政大学名誉教授、杉本圭三郎先生のお通夜へ行ってきた。一昨日訃報を知ってから先生について色々と思い出したが、ネタになる話があまりにも多過ぎて象徴的なエピソードを選ぶことが出来ない。杉本ゼミに集まった学生たちは一種独特で我も押しも強い面々だったが、そんな連中と酒を飲んだり旅をしたりすることを先生は本当に楽しんでくれた。卒業旅行だといって、65歳を過ぎた爺さんを香港まで引っ張り出したり、まあ、結構振り回したよな。

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↑教室前での懐かしい一コマ。どんな格好だろうがしっかり授業を受けて、レポートに力を入れさえすれば、先生にとって何も問題はなかった。(1994年)

授業中に火を吹いたり、酒やつまみを持込んだりは割と普通にやっていた。遅れて教室に入り壇上の先生にビールを差し出すと「いやあ、午後から教授会があるんですけどねえ」と弱った振りをしつつ、その場でプシューと蓋を開けるのが常だった。

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↑学生の研究発表をツマミに、スーパードライをゴクリ。当時60代後半の杉本先生だが、足腰のしっかりとした伸びにもご注目頂きたい。(1995年)

留年をブッこいた俺は同期の連中と一緒に卒業できなかったが、彼らの卒論面接には終日付き合った。論文のコピーや資料とにらめっこしている他のゼミの学生たちを尻目に、我々は朝から控室で宴会開始。職員に名前を呼ばれると、それぞれ自分と先生の缶ビールを持って面接会場へ入っていく。全ての面接が終了した頃の先生は、当然ながら完全にぐでんぐでん。ふらふらと廊下に出てきた先生を捕まえて「爺さん、一日よく頑張った。よし、これから打ち上げだ!」と強引に居酒屋へ…今考えたら、一種の老人虐待だよ。

その翌年、俺はひとりで卒論面接に臨んだ。缶ビールを詰めた袋を手に面接会場へ入ると、杉本先生が「おお、来ましたか」とニコニコしていた。乾杯して一時間くらい会話をしたが、その内の半分は思い出話だった。「入ゼミ試験で、用紙の裏面まで文章を書いたのは貴方だけだったんですよ。八割方日常の話題なんですが、それが非常に面白い。私が教えている説話とはまさにそういった文学ですから、それで貴方を合格にしたんです」。自分への有り難い評価はさておき、この言葉に先生のスタンスがよく表れていると思う。「勉強するだけの人間はつまらない」とよく口にしていたが、本当に粋で気持ちのお洒落な人物だった。

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↑定年を迎えて大学を勇退した先生を讃えようと、新宿某所にてパーティを開催。よりによって我々の仕切りだった為、入場時からこの風体を強いられるも、本人は何の抵抗も感じていなかった模様。(1997年)

通夜の会場で、喪主である奥様にご挨拶させて頂いた。「初めまして」と切り出したものの、奥様所有のトレーラーハウスに無断で泊まったことはある。「チリひとつ残さず片付けてくださいよ」と何度も念を押す先生の姿を見て、幾らかキツめの夫人を想像していたが、実際にお会いすると小柄で可愛らしいお婆さんだった。「皆さんに来て頂いて、本人も喜んでいると思います。私も杉本の教え子だったんですよ」「はい、先生から伺っております。やるもんだな、と思いましたよ」。そんな会話に方々から笑いが起こった。奥様と一緒に、先生もニヤっとしてくれたんじゃないかと思う。

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↑先生とは何度も宴席をご一緒させて頂いた。忘年会でも何でも、スケジュールさえ空いていれば必ず参加してくれた。決して酒豪という訳ではないが、我々に酒の楽しみ方というものを教えてくれた大先輩のひとりである。(2005年)

自分が社会人になって改めて振り返ると、ああいう大人は滅多にいないということがよく分かる。「大学教授は究極の道楽者」という俺の見解(言い掛かり)を全く否定しなかった杉本先生は、自分にとって間違いなく人生のお手本となる人物である。糖尿病を抱えながらも「好きな酒を飲まずに長生きするなら、飲みたいだけ飲んで早死にしますよ」とビールを煽っていた先生だが、酒と文化と芸術を愛し続けて88年も生きたのだから、これはしてやったりというものだろう。きれいな顔して死んでたもの、少々やり残したことがあっても大したもんだよ(奥様によると「死んだ途端、ハンサムになった」とのこと)。いい先生だった、本当に。

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↑酒と語らいを愛した先生を偲んで、お通夜から居酒屋へ直行。先生に関する思い出話は、全く尽きることがなかった。学生当時、帰属意識と思い入れがあった場は唯一ゼミだけだった。杉本先生については、本当に良い思い出と世話になったという感謝の気持ちしかない。最後に顔を見ることができて、何となくホッとした。まあ、みんな歳取ったよね。


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