復興チャリティープロレス宮城県名取市大会開催のお知らせ。

未曾有の大震災から5ヶ月後の今年8月、神保町で開催された春風亭傳枝独演会の打ち上げで、同席したケン・片谷さんが突然こんなことを切り出した。「スタッフや選手を集めるのが大変だとは思うんですけど…近いうちに被災地で、チャリティーのプロレス大会をやりたいんですよね」。

「いやあ、素晴らしい! 仮設住宅の人たちは娯楽がなくストレスに苦しんでいるでしょうし、それは是非実現して欲しいですね。出来ることがあれば協力させてください」と、ややもすれば無責任な相づちを打った俺だったが、片谷さんの迅速且つ誠意ある行動から大会の開催が実際に決まったと聞いては、流石に胸に迫るものがあった。

CMA宮城県名取市大会
↑11月13日(日)13時より宮城県名取市箱塚桜団地(仮設住宅エリア)にて開催。入場無料です。

当日はお手伝いとして、俺も現地入りさせて頂くことになりまして。この時代に生まれて僅かでもプロレスに関わっている以上、僭越ながらこれは一種の使命だと思っている。またリングアナとして傳枝師匠も参加。何処へ行っても結構顔見るよな、お互い。

会場近くにお住まいの方(まあ、遠い方も)、お時間がありましたら是非会場まで遊びにいらしゃってください。選手及びスタッフの皆さんの「シュート」な気持ちが、幾らかでも伝わればと思います。何卒よろしくお願い申し上げます。


ケン・片谷選手のブログ(今大会の詳細が記されています)
「ケン・片谷 DIARY」
http://yellow.ap.teacup.com/kenkataya/


[プロレス、格闘技][イベント]
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澤宗紀選手引退試合。

澤宗紀選手は不思議なレスラーである。ここ数年、所属団体であるバトラーツの会場へ行ったことはなかったが、あらゆる他団体のリングで彼の勇姿を見てきた。新木場の弱小団体から、国技館のIGFまで…あらゆるスタイルに対応出来る選手だが、間違っても無個性ということはなく、どんなリングでも独特の存在感を放っていた。

澤選手は何時でも何処でも、澤選手らしい元気いっぱいの試合を見せてくれた。団体間の垣根が極端に低い昨今でも、ここまで柔軟に自分を主張出来る選手は、そうはいないような気がする。とにかく「気が付くと、いつもそこにいる」といった存在であった。

しかしながら、リングとの別れも気が付けば唐突で…全力で疾走してきた澤選手だけに、日々蓄積された肉体的ダメージは如何ともし難く、残念ながら32歳の若さで突然の引退ということになってしまった。

ちなみに澤選手と俺は、携帯電話映画サイト「映画野郎」でそれぞれコラムを担当しているのだが、全く面識はなかったりするので、とりあえずここでは宣伝だけしておこう。
http://ehm.jp/

澤宗紀選手
↑引退試合の舞台は、先達てトーナメント優勝を飾ったゼロワンのマット。ご覧のようにチケットは完売。客席は試合開始前から「できあがって」おり、近頃珍しい熱気ムンムンっぷり。早くも目元を潤ませている女性ファンもちらほら。

澤宗紀選手
↑橋本大地初勝利、植田使徒王座戴冠といった流れで盛り上がったところで、澤宗紀最後のリングイン。異常なほど似合っていた入場曲「リボルバー・ジャンキーズ」(by ミッシェルガン・エレファント)と赤いタオルの組み合わせも、これで見納めである。

澤宗紀選手
↑最後の対戦相手は、バトラーツの先輩であり「相棒」でもある日高郁人選手。これから始まるしばき合いを楽しみにしているような、澤選手独特の表情が堪らない。

澤宗紀選手
↑いわゆる「バチバチ」の打撃戦。介錯人である日高選手の鋭過ぎる蹴りが、満身創痍の肉体を必要以上に痛めつけていくが…

澤宗紀選手
↑この不死身っぷり(諦めの悪さ)も澤選手の魅力。やりすぎるまでは、ブッ倒れるわけにいかない。立て、澤!

澤宗紀選手
↑総合格闘家としての顔も持つ澤選手には、グラウンドの攻防もよく似合う。マットの感触を味わうように、必死のエスケープを試みる。

澤宗紀選手
↑ネーミングに育ちの良さと悪さが感じられる、最後のお卍固め。高速で絡み付く説得力抜群の必殺技だが、体勢が崩れて惜しくも決まらず。

澤宗紀選手
↑写真の角度が宜しくないが、これが最後のシャイニング・ウィザード。マットに膝を付き「来い!」と呼びかける日高選手に遠慮なくブチ込んでいった。

澤宗紀選手
↑澤選手の引き出しを全て開け切ったところで、日高選手がフィニッシュに選んだのは必殺の野良犬ハイキック。「澤を灰にする」という宣言に引っ掛けてのハイキック…まあ、そういうシャレではないと思うが、とにかく強烈な一撃だった。澤選手の頭、もげそうだったもんな…。

澤宗紀選手
↑試合が終了して、この表情。心身共に互いを削り合う、素晴らしいファイトだったと思う。

澤宗紀選手
↑引退セレモニーでは縁の選手、関係者から花束が贈呈された(写真は橋本大地選手)。アジャ・コングに唇を奪われた時のリアクションは、まさに千両役者のそれだった。

澤宗紀選手
↑10カウントゴング直前、何故かこの面構え。しめやかではあったが、決して湿っぽい最後ではなかった。

澤宗紀選手
↑大量の紙テープに囲まれて満面の笑み。「この選手の姿は、もう二度と目にしないだろうな」という、妙な説得力が感じられた。つまり、「やりすぎた」ということだろう。

「これだけの試合をするんだ、まだまだ出来るだろう!」と惜しまれながらの引退は、元気が魅力の澤選手らしい最後だったといえるかもしれない。いつ終わってもおかしくないくらい全身全霊で闘ってきた澤選手、楽しく激しい試合をありがとうございました。


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復興チャリティープロレス その1。

もう10年ほど前になるだろうか…ロフトプラスワン(新宿歌舞伎町)で開催されたプロレスビデオ上映会で「雇われ司会者」を務めた俺は、ゲストとして来場したCMAプロレスリング所属のケン・片谷さんと初対面した。

185センチ102キロの巨体はインディーズの平均値を超えたド迫力だが、丁寧な言葉使いと朗らかな人柄は一般に思われるレスラー像とはかけ離れたもので、片谷さんについてはトークのウケはともかく個人的に好印象を抱いていた。養護学校で教職に就いていた経験があるとご本人から聞いて、なるほどと納得したことを憶えている。

それから数年後、瀧川鯉之助さん(現在の春風亭傳枝師匠)の独演会で、客席から頭ひとつ飛び出している片谷さんを発見した。共通の友人がいたことに互いに驚き、その後の打ち上げでは大量のビールで再会を祝った(片谷さんも傳枝さんもムチャクチャ飲むんだよなあ)。

以来、傳枝師匠も交えて国内外での旅行をご一緒したり、プロレス興行にあらゆる形でご協力したりと、片谷さんとは親しい交流が続いている。

そんな片谷さんが、予てからボランティアで訪れていた東日本大震災の被災地、宮城県名取市の仮設住宅地でプロレス大会を開催するという。「お手伝いをお願い出来ませんか」と直々に頼まれては断る理由がない。僭越ながら、この時代にこの国に生まれて、僅かでもプロレスに関わった者の使命だと受け取り、激しい乗り物酔いを薬で何とかすることを決意して、ツアーに同行させて頂くこととなった。

大会は11月13日午後1時開始。自動車での現地入りということで、前日12日の午後9時に新宿を出発。10人乗りのワンボックスカーに9人を詰め込み(内3名は体重100キロオーバー)、遥か名取市までの長旅が始まった。

ケン・片谷選手
↑真夜中のサービスエリアで、早くもグッタリしている片谷さん(団体エース兼運転手)。ほぼひとりで大会運営をまとめている為、頭の中では懸念材料ばかりが飛び交っていた模様。車中での仮眠時間は一睡も出来なかったという(まあ、俺も眠れなかったけど、それは単に神経質なだけで)。

亜利弥'選手
↑午前7時頃、会場近くの「ゆりあげ朝市」に到着。イオンモールの駐車場に多くの屋台が並び、食材や日用品を求める人々で早くからごった返していた。我々一行の目的は、半日後に迫った大会の告知。亜利弥'選手が手にしているフライヤーは、片谷さんお手製の力作。こうして見ると…レスラーってやっぱりヘンな人たちだよなあ(一応褒め言葉)。

ジャングル・バード選手
↑朝市で覆面レスラーがビラ配り。何とも奇妙な光景ではあるが、道行く人たちの反応は概ね良好で、用意した2種類300枚がアッという間…は大袈裟かな、アッアアッという間くらいで見事捌けてしまった。早くもサインや記念撮影を求める人々もいて、「何だかんだいって、プロレスの存在感は根強いなあ」と実感。

ゆりあげ朝市
↑「そこの柱にビラ貼っていいよ!」と声を掛けてくれる優しい店主さんも。海産物を中心とした食材は、どれも新鮮且つお買い得価格。タラを2匹購入した片谷さんは、オマケにイカやカツオまで頂戴して、大きな発泡スチロール箱を抱えての珍妙な会場入りとなった。

ゆりあげ朝市
↑記録係として参加した俺が写る、数少ない写真のひとつ。こちらのカキは1個100円。プリプリ感と天然の塩味が堪らない逸品である。本来お持ち帰り用の商品を「ここで開けられます?」とファストフード風にしてしまったのは片谷さん。この強引さ、流石はレスラーといえよう。

名取市箱塚桜団地
↑午前8時頃、試合会場となる名取市箱塚桜団地(仮設住宅地)に到着。住民の皆さん、現地スタッフの皆さんに優しく出迎えて頂いた。自治会長である大脇さんの握手は両手を交互に差し出す一種独特なもので、レスラーたちによって「名取式クロスアーム・シェイクハンド」とそれらしく命名された。

名取市箱塚桜団地
↑約100世帯が居住する、プレハブ建築の仮設住宅。海岸近くの住宅街が津波により消滅した為、多くの人々がこちらに移り住むこととなった。「ちびっこひろば」とあるように、幼い子供たちの姿もそこかしこに。「車ははいれませんよ」の最後の「よ」に、何ともいえぬ優しさと心遣いが感じられる。こういったセンスは個人的に大好きだ。

名取市箱塚桜団地 リング設営
↑ベビーフェイス(善玉)もヒール(悪役)も、男性も女性も一緒になって、早速のリング設営。何しろ人手が足りないので、レスラー総動員での作業である。頭から突っ込むと流血することで知られるこちらの鉄柱、一般人の力では3人がかりでやっと運べるくらいの重量がある。作業を眺めながら「こんな高い所から飛ぶんだねえ」と驚いているご婦人がいたが、プロレスを見慣れている俺でも同じことを思うのだから無理もない。

名取市箱塚桜団地 リング設営
↑敷地の都合上やむを得ないことだが、設営場所がアスファルトと砂利の地面にまたがる為、リングの骨組みが斜めに傾いてしまう。段差は予想以上に大きく、鉄柱の下に敷く調整用の板がどうしても足りない。そこで住民の方々が、何処からか木の板や鉄板を探してきてくれた。リングの重量に耐えられそうな素材を選んで、何とか平行なリングを作り上げることに成功。思わぬトラブルではあったが、偶然にも地元の皆さんとの共同作業となり、リングがより神聖な舞台になったのは苦難から生じた大きな幸いであった。

名取市箱塚桜団地 リング設営
↑というわけで、このように立派なリングが完成。地元の大工さんから寄贈されたという木製ベンチも並べられて、後は大会開始を待つばかり。プロレスラーの怪力と手際の良さ、そしてチームワークをしっかり思い知らされた本番前のひと時だった。

会場設営を終えた我々は、自治会長さんのご案内で被災地の見学へ。自分なりに心構えはしていたはずだが、いざ現地に入ると茫然とするばかりで、まるで言葉が出てこない。その模様は、次回のエントリーで…。

「その2」へ続く。


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