☆ドージョーアッパレよりお知らせ(ブログ記事はこの下です)

ドージョーアッパレ主催

「格闘演芸道場WRE」Vol.6

お江戸両極亭譚2017

 

アブドーラ・小林のデスマッチ式演芸会!



◎開催期日:2017年11月22日(水) 18時45分開場 19時15分開始

◎会場:お江戸両国亭/墨田区両国4-30-4両国武蔵野マンション1F(京葉道路沿い)

◎木戸(入場料):前売/2,000円 当日/2,200円

◎出演

春風亭 傳枝(しゅんぷうてい でんし/落語芸術協会)
入船亭 扇蔵(いりふねてい せんぞう/落語協会)
春風亭 小柳(しゅんぷうてい こりゅう/落語芸術協会)

ゲスト:アブドーラ・小林(大日本プロレス

多分、絵を描くことになる人:小沢 聖(おざわ せい/イラストレーター)

☆チケット(当日窓口でのお引換)のご予約は、代表者のご氏名、人数をご明記の上で下記アドレスまでご連絡お願い致します。

wre.info2012@gmail.com

皆様のご来場を、アゴを長くしてお待ちしております。

 

JCベイリー。

前回に続いての訃報ではあるが…先月30日、デスマッチファイターのJCベイリーが亡くなったというニュースが飛び込んできた。来日は2006年に一度だけで、日本のプロレスファンにはあまり知られていないが、CZWのDVDを取り寄せてチェックするような海外ハードコアマニアにとっては「知らぬがモグリ」という存在だった。死因は発表されていないが、享年27歳という早過ぎる最期はあまりにも儚く切ない。

JCのたった一度の大日本プロレス参戦は、マッドマン・ポンドさんの推薦によるものだった。ポンドさんは当時、ガイジン選手の窓口的な役割も担っていた。元々JCは追っかけになるほどの大ポンドファンだったというから(ポンドさんを真似て、スーパーマン・マークのタトゥを彫った、と聞いたことがある)、彼から声を掛けられての日本行きは光栄この上なかっただろう。

後楽園での第一戦、JCは俺がデザインしたバカガイジンズTシャツを着てリングに登場した。レスラーとしてはかなり細身の肉体は、金村選手辺りと対峙するとより華奢に見えた。試合後に初対面した血だらけのJCは「ほら、このシャツを着て闘ったよ。お気に入りなんだ」と胸を張った。そのコーディネイトは、日本へ導いてくれたポンドさんへの忠誠と感謝を示すものだと、俺はすぐに理解した。

その夜、ポンドさんに誘われて食事へ行った。座敷席で所在無さげなJCに「日本のデスマッチファンは、あなたの来日を長く待っていたんですよ」と話しかけた。一瞬キョトンとしたJCは「え、俺を? マジで? クール!」といって大喜びした。「Me too! 俺だってずっと日本へ行きたかったんだ。来日が実現して嬉しいよ!」と表情を崩す彼は、まだ二十歳そこそこのあどけない雰囲気を漂わせていた。

そんなJCから「自分の名前を漢字にして欲しい」というリクエストがあったので、初来日の記念にと一筆取ることにした。後日完成品を手渡すと「この字はどういう意味?」と質問攻めにあった。描いた側としては、張り合いのある嬉しい反応だった。

JCベイリー
↑「Death」と説明したら「Cool!」って喜んでくれたんだよなあ。

2007年の暮れ、ポンドさんから「Masters of Pain(デスマッチ・トーナメント)のTシャツをデザインしてくれ」という依頼があった。追って出場選手のリストと資料用の写真が届き、その中にJCベイリーの名前があることに思わず興奮した。かねてからこの大会を現地観戦すると決めていた俺は、本場のリングでJCのデスマッチが見られる幸運に感謝した。

Tシャツ用のイラストも完成し、いよいよ印刷という段階になって、ポンドさんから「一部を描き直してくれ」と連絡があった。JCベイリーが出場できなくなったので、代打のコーク・ヘインに差し替えてくれというのである。折角描いたキャラクターをお蔵入りにするのは残念だったが、JCの試合を見られない無念さもそれに劣らぬ程大きかった。

JCベイリー
↑JCに捧げるべく、この機会に初公開。修正前(左側)の絵、両手に血まみれの蛍光灯を持っているのがJCである。

ファンの間では有名な話だが、JCは近所のスーパーからテレビを盗んで自動車で逃走、パトカーとカーチェイスを繰り広げて最後はホールドアップさせられるという、セコいんだか大胆なんだか分からない罪で逮捕、収監されていたのだ(現地でこの話を聞いた時には、ひたすら呆気にとられたものである)。それではトーナメント出場どころではない。ちなみに「Masters of Pain」では代打のコーク・ヘインが優勝。それはそれで大胆な結果であった。

そんな事情で「お勤め」に入ったJCは、今年2010年に晴れて出所。いきなりKOTDMトーナメントに優勝するなど、再び存在感を示し始めていた。そんな矢先に、この訃報である。早朝、自宅のベッドで動かなくなっていたのを発見されたそうだが…リング上でも私生活でもやんちゃを貫いたJC、彼の人生は彼なりにリアルなものだったのだろうか。

「え、俺を?」という、あの驚きを伴った笑顔が忘れられない。R.I.P JC Bailey。


[Tシャツ][イラスト、デザイン][プロレス、格闘技]
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東京藝術大学藝術祭。

日頃から大変お世話になっている上野アメ横商店街連合会青年部部長玉山氏から、上野アメ横商店街連合会青年部付属工作員(=図画工作をする人)の俺に一報が入った。「小沢君、明日の昼間15分くらいぬいぐるみを着てもらいたいんだけど、どう?」…いきなり明日というのもドッピョンコレコレだが、この猛暑続きの中でフッカフカの着ぐるみに入るのは明らかに自殺行為。自分がデザインした着ぐるみだから、いざ倒れれば我が子と心中するようなものだ。「念のため全裸で伺います」と断りを入れて、俺は上野へ向かうこととなった。

着ぐるみ
↑いわば「ちょっとキュートな棺桶」。

今回駆り出されるイベントは、東京藝術大学の学園祭。毎年恒例のパレードがアメ横を含む上野界隈の商店街を練り歩くことになっており、そのアピールとお手伝いを青年部が引き受けているらしい。文教地区ならではの地域密着型の催しだが、東京藝大といえば芸術大学の最高峰。俺のようなインチキイラストレーターが、エリートアーティストたちの目前で道化を演じるというシチュエーション…恥ずかしいようで、何となく燃えてこないこともない。ちなみに俺は法政大学文学部日本文学科卒業。君たちとは見てきた風景が違い過ぎるよ…。

神輿
↑ハタチ前後でこんなん作っちゃうんだもんなあ。協調性も含めて、自分には手の届かない世界。

最初の仕事は、サンバ隊パレードの見送りだった。気勢を上げて出陣する学生ダンサーたちに手を振るだけだが(というか身体の脇でバタバタするだけ)、暑さもさることながら息苦しさが半端じゃない。徐々に失われていく酸素に不安を感じて、「もって5分が限界だな…」とついつい弱気になってしまう。

サンバ隊の姿が見えなくなり、これで一旦休憩かと思ったら、今度は道行く人たちからの握手&撮影攻めにあってしまった。子供たちが嬉々としながら手を伸ばしてくると、やはりこちらも嬉しいもので…俺に握手を求めているわけではないが(当たり前)、キャラクターのデザインは自分によるものだから、二周くらいした感謝と優越感を覚えてしまう。「こういうことなら、あと2分頑張るか…」とそんなことを繰り返し思いながら、炎天下で10分以上もポーズを取り続けた。

ステージ裏で着ぐるみを脱いで休憩、15分ほどすると再びサンバ隊の鳴り物が聞こえてきた。彼らを出迎えるべく、再び着ぐるみの中へ。ヨタヨタとステージ前に出てしばらくおどけていたが、パフォーマンスは終了することなく次第に盛り上がっていく一方。気がつくと、学生ダンサーたちに囲まれ手を取られ…流石にボーッと立っているわけにもいかず、彼らに合わせて踊らざるを得なくなってしまった。

サンバ
↑徹夜続きでハイテンションの若者に勝てるわけないっつーの。

着ぐるみ内の気温は間違いなく40度オーバー。油断をすると、フッと気が抜けて落ちそうになる。昭和の新日本プロレス道場を思わせる熱気と息苦しさに朦朧としながらも、学生たちのテンションにつられて自然に動いてしまう身体が憎い。「ハハア、ハハア…」と藤波辰爾ライクな呼吸を繰り返し、着ぐるみの可動域ギリギリまで手足を振って奮闘した。その間、約15分…三途の川の向こうに、宮崎の婆さんが見えたもんな…って、あの人まだ生きてるか。

着ぐるみ
↑何とか生還、この表情は演技でも何でもない。

大学時代、麻雀とアレ以外何にも熱中できず、これといった活動もしていなかった自分にとって、本当に好きなことを学んで楽しんでいる学生たちは非常に眩しい存在だ。まさかこういう形で藝大と関わる日が来るとは思わなかったが、一応こちらも作品を持って出ているのはインチキ野郎なりの意地だったのかもしれない。一寸の虫にも五分のタマキン、というか。

臨死体験ギリギリだったけど、結構面白かったわ。まあ、来年は日本舞踊くらいにしてくれると助かる。


[イラスト、デザイン][着ぐるみ][イベント]

刺青師ニック。

オーストラリア在住のプロレスラー兼タトゥーショップオーナー、グレッグ氏から「ウチの若いのが日本へ修行へ行っているんだ。ちょいと顔を合わせてやってくれんかな」という連絡があった。タトゥーアーティスト岩崎成格(しげのり)氏に師事すべく来日したのは、ニック・エドワーズという24歳の刺青師だという。

案内されたニックのアドレスにメールを送ると、即座に「お会いしたい」という返信があった。たまたまプロレスの招待券があったので、観戦ついでに酒でも飲むかという話になり、宿舎近くの駅まで彼を迎えに行った。

初めて会ったニックは、表情に幼さを残す痩身の青年であった。振り返ってみると、今まで接してきた外国人というのは、ことごとくプロレスラーかその関係者で、人相や体格、人当たりが世間ズレしている人物ばかりだった。かといってニックもそんなに普通ではなく、肌が露出している部分は顔面を除いて刺青だらけである(話してみるといいヤツだけどね)。

今回案内したのはゼロワンだったのだが、ジャパニーズ・スタイルのハードヒッティングを目の当たりにし、プロレス初観戦のニックは身を乗り出して興奮していた。オーストラリアのプロレスはまだ発展途上であり、お世辞にもレベルが高いとはいえない。会場へ来て、それなりに貴重な体験ができたのではないだろうか。

Nick
↑ニック曰く「第二試合のキックが凄かった」…斎藤謙(フリテンくん)の魅力は国境を越える。

観戦後は居酒屋で日豪座談会。ニックには全身に広がる自慢の刺青を披露、解説してもらった。日本に来て修行するくらいだから、やはりオリエンタルな図案が目立つ。

Nick
↑「Fudo(不動)」。「ここまで表現できるのか」と唸らされる立体的な陰影が素晴らしい。

Nick
↑「Nou(能)」。「Cool!」という他ない。

ニックとの会話で驚いたのは、影響を受けたアーティストとして、彼が「ヨシトシ」の名前を挙げたことである。月岡芳年は幕末から明治期に活躍した浮世絵師。『英名二十八衆句』『東錦浮世稿談』といった無惨絵で知られ、「血まみれ芳年」という実にクールな異名を持つ。

目を背けたくなるような大流血と独特の躍動感には、この俺もかなりやられたクチである(芳年が大日本プロレスを観たら大興奮するだろうなあ…)。「Yoshitoshi is my favorite!」と思わず即答、そこから芳年談義が始まった。まさかオーストラリア人とそんな会話をするとは思わなかったが…ニックの思い入れもかなり本物で、彼の習作画には、西洋の女性を浮世絵風のタッチで血まみれにしたものが数点あった。

せっかく日本へ来たのだから、芳年に関連した資料を何かプレゼントできればいいのだが…画集というのはどれも高額なものでしてな。花輪和一と丸尾末広の『江戸昭和競作無惨絵英名二十八衆句』は流石に譲れないしなあ。とりあえず『芸術新潮』のバックナンバーを古書店に探してみようと思う。あるといいなあ、1994年9月号(図版が多くて素晴らしいんですよ、これは)。

Nick
↑ニックのブログ(http://www.abstrusesense.blogspot.com/)も是非ご覧ください。我々の写真も載っています。


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